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金剛薩埵の瞑想法

しっかりと段階を踏んで修行をするつもりでしたら、まず帰依文を10万回唱え、それからミクツェマを10万回唱え、その後に行うのが金剛薩埵の瞑想です。ミクツェマの瞑想は、その中に出離心、あわれみの心、菩提心の全ての瞑想が含まれていますので、10万回唱え終わった後でも続けてください。帰依文を唱えている時、それと同時に五体投地も10万回行った方が良いです。その際、口で帰依文を唱え、観想もしつつ、五体投地もするという方法です。帰依文を1回唱える際、五体投地も1回行うことで、帰依文を10万回唱え終わった時に、五体投地も10万回終わることになります。また、曼荼羅供養も行うと良いでしょう。順番としては、帰依文と五体投地を10万回、ミクツェマを10万回、金剛薩埵を10万回、曼荼羅供養を10万回行います。ミクツェマは言ってみればグルヨーガの修行ですので、金剛薩埵の後でもかまいません。また、ミクツェマは10万回にとどまらず、なるべく沢山行ってください。この修行は、やればやるだけ、教えが心に馴染んでいきます。

金剛薩埵の瞑想法は、密教の瞑想法と関係があります。頭頂に金剛薩埵のヤブユム(男神と女神が一体になった)の姿を観想します。仏教の全ての男の神様の加持の力が金剛薩埵の男神の中に集結し、全ての女の神様の加持の力が金剛薩埵の女神の中に溶け込みます。仏教の男神と女神が全て集約されたのが、金剛薩埵のヤブユムで、その両者の甘露が自分の中に落ちてくると観想してください。空性を悟った智慧を象徴するのが女神で、菩提心とあわれみの心に相当するのが男神です。それ以外にも、ヤブユムには、いろいろな意味が含まれています。父親と母親の両方が存在して子供が生まれるように、空性を悟った智慧の象徴である女神と、あわれみの心や菩提心を象徴する男神の二人から悟りが生じるのです。空性を悟った智慧と慈悲・菩提心が交わって得られる悟りの境地がすなわち最高の至福の境地です。それは五感によって生じた快感や幸せなど、遙かに超越した至福です。男女の交わりから生じる幸福は煩悩に満ちていて、怒りや貪り、無知が、その幸福の中に混じり込んでいます。また、その交わりから、さらに煩悩が増していく可能性があります。しかし、空性を悟った智慧とあわれみの心/菩提心の二つが交わったところに生じる至福は、一切の煩悩から解き放たれた完璧なる至福です。金剛薩埵の瞑想法は、人を苦しみから解き放つため、そして罪や汚れを浄化するための特別な行法です。

金剛薩埵の瞑想法

  1. 頭頂に、男神と女神が一体になった金剛薩埵のヤブユムの姿を観想する。
  2. 全ての男の神様の加持の力が金剛薩埵の男神の中に溶け込み、全ての女の神様の加持の力が金剛薩埵の女神の中に溶け込む。
  3. 男神と女神が一体となったところから降りてくる甘露が、自分の頭頂から一番下の秘密の場所と言われているところに至る中央脈管を通じて滴り落ちてくる。
  4. 胸のあたりに、自分の心を象徴する真珠のようなものを観想する。
  5. 甘露が頭頂から入ってくると、自分の心の中にある罪や汚れ、病気や障害などが全て浄化される。
  6. 自分の体の悪いものが、黒い液体となって、一番下の穴から押し流されて外に出ていく。
  7. 甘露はふつうの白い液体ではなく、空性を悟った智慧とあわれみの心/菩提心がひとつに溶け入ったすばらしい甘露である。
  8. その甘露が、心の中にある怒り、貪り、無知を全て浄化してくれる。また、長寿や経済的な事の妨げとなっているものなど、悪いもの全てを甘露が押し流してくれる。
  9. 煩悩の悪い欲望が押し流された時、気持ち悪い虫や蛇、蛙などになって出て行ったと観想する。
  10. このように金剛薩埵の観想を行うことで、金剛薩埵がとても喜ばれて、「良き種族の子供(修行者)よ、あなたの罪は全て浄化された。」とおっしゃられる。
  11. 金剛薩埵のヤブユムが、自分の心に溶け込む。
  12. 金剛薩埵のヤブユムの心は至福そのもので、心が金剛薩埵と一体になったことで、金剛薩埵と同じ至福の境地を得る。
  13. 自分自身が金剛薩埵のヤブユムそのものになったと観想する。

金剛薩埵の瞑想で一番大切なことは、心を浄化することです。唱えるマントラは、金剛薩埵の百字真言でも短いマントラでも、どちらでも構いません。頭頂に金剛薩埵を観想し、甘露が降りてきて、浄化されるということが一番重要なので、そこさえできれば良いのです。甘露によって心が浄化される時の感覚は、トイレに行って糞尿を排泄する時のような感じで、体の中にあった悪いものが全て排出される、あるいは、お風呂に入って体を洗うように、甘露という石鹸によって体を洗い清め、心の垢や汚れが全てきれいになったと思ってください。このように瞑想するのは、自分の心を変容させるための方便です。頭頂に観想した金剛薩埵のヤブユムから、空性を悟った智慧と慈悲/菩提心が一体となった甘露が落ちてきて、自分の心が限りなく浄化されたと想うことが大切です。金剛薩埵は、罪や汚れに満ちた私たちを見てあわれみ、かわいそうだと思うお心から甘露を降らし、その甘露によって心が完全に浄化されます。それをご覧になった金剛薩埵はとても喜ばれて、「良き種族の子供よ、あなたの罪は全て浄化された。」と微笑まれます。そして金剛薩埵のヤブユムが私に溶け込んだと想ってください。ヤブユムは空性を悟った智慧と菩提心そのものですから、私の心も、空性を悟った智慧と菩提心そのものになり、金剛薩埵と同じ至福の境地を得たと観想します。それはとても楽しい境地です。その境地は、究竟次第の教えにも関連している域に入っていることになります。その教えについて語るべきことは、沢山あります。しかし、生起次第と究竟次第を本格的に行じるためには、まず前行を終えなければなりません。生起次第と究竟次第は、カルマと因果について学び、菩提心を起こすといった基礎ができた上で学ぶべきものです。もし皆様が、真剣に修行するというのであれば、私は生起次第や究竟次第の教えを説く手助けをします。しかし、もし修行する気が無いのでしたら、この場に来られても、皆様にとっても私にとっても時間の無駄になってしまいます。私は、仏教を是非とも修行したいと思っている方には、手助けしたいと思っています。ただ、私は教えを説くことはできますが、あなた方を悟りや至福の境地までもっていくことはできません。それはあなた方ご自身が、自分の努力によって成し遂げなければならないことです。ですから、是非とも修行してみてください。私は、お手伝いする気は充分あります。

これから修行を本格的に行いたいと思う方は、帰依を10万回、金剛薩埵を10万回、曼荼羅供養を10万回行ってください。少し修行を試みたいという方は、毎日、帰依を数回、金剛薩埵を数回、パルデン・ラモを数回唱えるだけでも効き目があります。

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